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Dog photography and Essay

Dog photography and Essay

「蜻蛉(かげろう)日記」を研鑽-1



「今生(平成)天皇の直系の祖先にあたる」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



蜻蛉日記を書いた藤原道綱母は平安時代中期の歌人。藤原倫寧の娘。
藤原倫寧(ともやす)は今生(平成)明仁天皇の直系の祖先にあたる。

藤原兼家の妻の一人となり一子道綱を儲け蜻蛉日記に出てくる。
藤原兼家の旧妻である源兼忠女の娘を引き取り養女にしている。



蜻蛉日記では藤原兼家との結婚生活の様子などを詳細に綴った。
晩年は摂政になった夫に省みられる事も少なく寂しい生活を送った。

「かげろう」のような はかない身の上のことを書き綴った日記。
蜻蛉日記の女性の名は不明で藤原道綱母と呼ばれている。



19歳からの事が書かれ39歳の大晦日筆が途絶えている。
平安時代は一夫多妻で「通い婚」の時代で大正時代まで続く。

富裕層で男性は夕方女性の元を訪れ明け方早い内に帰宅していた。
豊臣秀吉の側室は15人で徳川家康は20人の側室が居たとされる。



女性は家で黙って通って来るのを只々待っている事しかできなかった。
藤原道綱母は小倉百人一首では右大将道綱母とされている。

「人知れず いまやいまやと 待つほどに かへりこぬこそ わびしかりけれ」
返事を今か今かと待っているのに返事が来ず私は寂しい思いをしてます。

平安女性の日記で女性の気持ちを推し量る事が難しいと思う。


「一人で寝て夜が明けるまで長く悲しいもの」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



私のように半生が虚しく過ぎて不安で生きて行くのが頼りなく辛い。
あれこれ身の振り方をはっきりしないでこの世に暮らしている女だ。

容貌といっても人並み優れている訳もなく思慮分別がある訳でもない。
こんな役に立たない女なのだから あの人が通って来ないのも当然なのか。



などと思いながらただ寝ては起きる虚しい日々を暮らしているだけだ。
世の中に沢山ある物語を見るとありふれた嘘の話でさえ面白がられる。

だったら人並でない私の身の上を日記にしたらもっと珍しい事だろう。
最上の身分の人との結婚生活はどんなふうなのか日記を書いてみよう。



後世の人はこの日記を前例にしたらいいと思うのだが記憶が薄れている。
結婚した頃の過ぎ去った記憶は薄れ不十分な記述が多くなってしまった。

「うたがわし ほかに渡せる ふみ見れば ここやとだえに ならむとすらむ」
他の女性への手紙を見てみると私の所に通う足は途絶えてしまうのかしら。



「なげきつつ ひとり寝る夜の あくるまは いかに久しき ものとかは知る」
嘆き続け一人で寝て夜が明けるまで如何に長く悲しいものか知ってますか。

「あらそへば 思ひにわぶる あまぐもに まづそる鷹ぞ 悲しかりける」
出家を巡り母子で言い争い私よりも先に我が子が大切な鷹を空へ放ち、
頭を剃って法師になる決意を示したのはいじらしくも悲しいことだ。


「藤原兼家様から求婚を伝えられた」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



名門の藤原兼家さまとの恋歌のやりとりは呆気なく終わってしまった。
私の気持ちなどお構いなく兵衛佐、藤原兼家様から求婚を伝えられた。

一般の殿方ならばそれ相応の人を間に立てて取り次がせるのが普通である。
この方は直接私の父に使者を寄こして下品な門の叩き方をするので分かる。



どなただろうと聞くまでもないほど騒ぎようなので当惑してしまう。
当惑して手紙を受け取り手紙を見ると紙なども求婚に相応しい物ではない。

女性に出す優美な紙ではなく字までも見苦しくとても上手とは言えない。
噂を聞いているだけではせつなく直接お会いしてお話ししたいとあった。



何とも品のない手紙にも返事しないといけないのかしらと母に相談した。
昔かたぎの母はどのような殿方にも返事を書かないといけないと言われた。

貴方のお相手になる人は居ないので何度来られても無駄でしょうと書く。
これを初めとしてその後度々手紙を寄こすが返事はしないでいた。



何度も手紙が届き返事を書かないでいるとまた手紙が届いた。
よく分からない貴女は音無しの滝の水のよう返事もいただけず、
いつお逢いできるかも分からない逢瀬を捜し求めるばかりですとある。  

この手紙に後でお返事をと書くと返事を待ちきれないとまた文が届いた。


「貴女に逢えないので眠れないのです」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



藤原兼家様は返事を待ちきれなかったのかこのように言ってきた。
密かに貴女からの返事を待っていても返事が来なく辛くてならないと。  

母は何と勿体ない事で早く返事を差し上げなさいと言う。
仕方なく返事の書ける侍女にそれなりに書かせて届けさせた。



兼家様は代筆の返事なのに心から喜んで頻繁に手紙を寄こすようになる。  
浜千鳥 あともなぎさに ふみ見ぬは われを越す波 うちや消つらむ

浜辺に浜千鳥の足跡がないように手紙がないのは、
わたしを越えるようなよい人がいらっしゃるからでしょうかと文が届く。  
今度も代筆の返事を書く侍女に文を書かせ届けたがまたも手紙が来る。



いづれとも わかぬ心は 添へたれど こたびはさきに 見ぬ人のがり
お返事を下さるのはありがたいのですが自筆の手紙でないのは残念です。  
代筆でも自筆でもどちらでも嬉しいけれどまだ筆跡を見た事のない人へ。

いつものように代筆ですませ形式的な応対で月日を過ごした。
秋の頃になり添え書きの手紙に貴女が利口なのが辛くても我慢してます。



鹿の音も 聞こえぬ里に 住みながら あやしくあはぬ 目をも見るかな
鹿の鳴き声に目を覚ます山里ではなく都に住んでいながら、
貴女に逢えないので不思議に眠れないのですと返事があった。

高砂の をのへわたりに 住まふとも しかさめぬべき 目とは聞かぬを
鹿で名高い高砂の山に住んでも目が覚めるとは聞いていませんがと書いた。


「私はその度に涙を流しているのに」

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逢坂の 関やなになり 近けれど 越えわびぬれば なげきてぞふる
逢坂の関とは何、近くにいて越えられないから嘆いて暮らしてます。

越えわぶる 逢坂よりも 音に聞く 勿来をかたき 関と知らなむ
越えるのに困っていらっしゃる大津の逢坂の関よりも噂に聞く、
福島の勿来(なこそ)の関を越えにくい守りの固い関と知ってください。



あの人が二晩姿を見せず手紙だけを寄こしたので返事を書いた。

消えかへり 露もまだ干ぬ 袖のうへに 今朝はしぐるる 空もわりなし
消え入るような思いで夜を泣いて明かして 袖の涙もまだ乾かない
というのに 今朝は空までしぐれて 辛くてならないと書いた。



その文に対して折り返し、文により返事が届いた。
思ひやる 心の空に なりぬれば 今朝はしぐると 見ゆるなるらむ

あなたを思っているわたしの気持ちが空に通じたから
今朝はわたしの涙でしぐれているように見えるのでしょうと書いてある。



その文に対して返事を書き出し書き終わらない内にあの人がやって来た。
来てくれたことは嬉しいが思っていた事を話せないまま帰って行く。

暫くの間あの方の訪れが途絶え寂しい思いでいる頃、
雨の音が聞こえてくる日の夕方には行くようにすると文が届いた。



記憶は曖昧だがその文に対して返事を書いたのだろう歌が残る。
柏木の 森の下草 くれごとに なほたのめとや もるを見る見る

貴方の庇護のもとにある私だから夕暮れには当てにして待っていろと、
訪れるという言葉もあてにならないで私はその度に涙を流しているのに。


「悲しく心細いことばかりを思ってしまう」

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私の文への返事はあの方が来たので書いてはくれないままだった。
私が物忌なので待ち遠しいことを言い続けて帰って行き文を送った。

物忌を不浄と訳したが不浄とは生理の事ではないのだろうか?
物忌の風習は貴族の間で流行したが陰陽道の衰退に伴い衰えた。



なげきつつ かへす衣の 露けきに いとど空さへ しぐれ添ふらむ
逢えないのを嘆きながら せめて夢で逢いたいと 裏返しに着て寝た衣も
涙に濡れているのに どうして空までがしぐれて悲しみを添えるだろう。

思ひあらば 干なましものを いかでかは かへす衣の 誰も濡るらむ
わたしを思う火があれば濡れた衣も乾くでしょうに どうしてあなたの
裏返した衣が わたしの衣と同じように濡れているのでしょう。

 

間もなく頼りにしている父が、陸奥国へ出立することになった。
季節はしんみりとした寂しい時であの方とはまだ馴染んだと言えない。

逢うたびに私はただ涙ぐんでばかりいて本当に心細く悲しい。
あの方は決して忘れたりしないと心にもない事を言うから心細い。



返す歌は憎らしいほどだが、あの人の心は言葉通りにいくはずがない。
などと思い、ただひたすら悲しく心細いことばかりを思ってしまう。

父が東北へ出立する日になって旅立つ父も涙を抑えることができない。
陸奥国へ出立後に残る私はそれ以上に言いようもなく悲しくなってしまう。


「あの人の心は頼もしそうには見えない」

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愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



私があまり泣くので父は陸奥国へ出立に予定が狂ってしまいますと。  
父は出て行く事ができず傍にあった硯箱に手紙を巻いて入れた。

父はまた泣きながら出て行ったがその手紙を見る気にもなれない。
姿が見えなくなるまで後ろ姿を見て気を取り直して手紙を見た。



君をのみ 頼むたびなる 心には ゆくすゑ遠く 思ほゆるかな
陸奥国ははるか遠く あなただけを頼りにして旅に出ます 
どうか行く末長く娘をお願いいたしますと書いてあった。

夫であるあの人に手紙を見てもらいたいのだと思うと悲しくなる。
手紙をもとの位置へ置き溜息をつくと暫くしてあの人がやって来た。



目も合わせず思い沈んでいると何をそんなに悲しんでいるのか。
このような親子の別れは世間ではよくある事なのに、
そんなに嘆いているのは私を信頼していないからだろうと言う。

夫は私を程良くとりなしてより硯箱の手紙を見つけて目を通していた。
こんなにも思われていたのかと言って父の思いを理解したのか。



われをのみ 頼むといへば ゆくすゑの 松の契りも 来てこそは見め
私だけが頼りだというお言葉 確かに承りました いつまでも変わらない、
わたしたち夫婦の仲を お帰りになったときごらんくださいと書き送る。  

こうして日が経つにつれて、旅先の父のことを思いやる私の気持ちは、
こんなに寂しいのに、あの人の心が頼もしそうには見えないから不思議。


「八月の末頃に無事に出産した」

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愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



「かげろう」のような はかない身の上のことを書き綴った日記。

十二月になり横川に用事があって登ったあの人から使いが来た。
横川は比叡山延暦寺北部を兼家の父が法華三昧院を寄進した地の事。

雪に閉じ込められ、しみじみとあなたを恋しく思うと言ってきた。



こほるらむ 横川の水に 降る雪も わがごと消えて ものは思はじ
横川の流れは凍りそこに降る雪も溶けることなく凍っているでしょう

雪に閉じ込められて寂しいとおっしゃるあなたも私のように、
消えてしまうほどの物思いはしていらっしゃらないでしょう。
などと言って、その年ははかなく暮れていった。



正月、二、三日あの人が来なかった時、よそへ出かけようと準備、
あの人が来たら、渡してと言って、文を書いておいた。

知られねば 身をうぐひすの ふりいでつつ なきてこそゆけ 野にも山にも
これからどうなるかわからないのが辛くて うぐいすのように声を、
ふりしぼって泣きながら 野にも山にも出ていきます。そして返事は。



うぐひすの あだにてゆかむ 山辺にも なく声聞かば たづぬばかりぞ
うぐいすのように気まぐれで山辺に出て行っても、
鳴く声を聞いたら その声を頼りに訪ねていくだけです。  

などと言っているうちに、私のお腹はどんどん大きくなくなって、
春、夏ずっと気分が悪く、八月の末頃に、どうにか無事に出産した。
その頃のあの人の心づかいは、心がこもっているようにも思えた。


「夜の明けるまで長く辛いもの」

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愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



九月頃になって、あの人が朝出て行った後で、文箱の中を見てみた。
他の女に送ろうと書いた手紙が入れてあるので呆れてしまった。

私の住まいで他の女にわざわざ手紙を書かなくてもと思った。
私が見た証をあの人に知らせようと思いその手紙に歌を書きつける。



うたがはし ほかに渡せる ふみ見れば ここやとだえに ならむとすらむ

信じられないわ、よその女に送る手紙を見てみると
わたしの所にはもういらっしゃらいつもりなのでしょうか?
暫くして宮中でどうしてもしなければならないことがあるからと出て行く。



あの人の行動を疑わしく思い後をつけさせると宮中とは違う所で下りた。
報告にやっぱり宮中ではないと思うと辛く悲しい思いがこみ上げて来た。

あの人が三日ほどして夜明け前に門をたたく音がしたがやり切れない。
門を開けないでいると、あの人は文の相手の女の家に行ってしまった。



翌朝このままでは済ませないと手紙を書いて届けさせた。
なげきつつ ひとり寝る夜の あくるまは いかに久しき ものとかは知る

嘆きながら独り寝をして夜の明けるまでが どんなに長く辛いものか、
あなたには分からないでしょう 門を開けるまで待てないのですからと。


「今日手折ったところで何の甲斐もない」

「Dog photography and Essay」では、
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色変わりした菊に手紙をつけて届けたが、その返事の文が届いた。
夜が明け門が開くまで待てばよかったが急ぎの召使が来たからとあった。

げにやげに 冬の夜ならぬ 真木の戸も おそくあくるは わびしかりけり
ほんとうにおっしゃるとおり 冬の夜はなかなか明けないけれど 
冬の夜でもないのに真木の戸(戸の美称)を開けてもらえないのは辛いものだよ。  



それにしても本当に理解に苦しむほど、平然として女の所に通うとは、
せめて暫くは気づかれないように「宮中に」と言い訳するのが普通なのに、
そんなことも言わない無神経さが、ますます不愉快に思われてならない。

三月頃になり人形や桃の花を飾ったがあの人はいくら待っても来ない。
姉の所に通っている藤原為雅も、いつも来てるのに今日に限って見えない。



四日目の早朝になって二人とも現れたが待ちくたびれていた侍女たちは、
昨夜から用意した品々をわたしの所からも姉の所からも運んできた。

昨日飾ってあった桃の花や人形を奥のほうから持って来たのを見ると、
わたしは冷静ではいられなく、思い浮かぶままに無造作に書きしたためた。



待つほどの 昨日すぎにし 花の枝は 今日折ることぞ かひなかりける

せっかく用意して待っていたお酒は昨日わたしが飲んでしまったし、
昨日むなしく過ごした桃の花を今日手折ったところで何の甲斐もない。
と書いた歌を隠したのを見て、あの人は奪い取って、歌を返してきた。


「薄情な人の言葉と一緒にしないで下さい」

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みちとせを 見つべきみには 年ごとに すくにもあらぬ 花と知らせむ
三千年に一度実を結ぶという漢の武帝が西王母から頂いた不老長寿の桃。

桃の酒は年ごとに飲むけれど、わたしはあなたをそんなふうに年ごとに、
思っているわけではなく、いつも思っている事をどうか分かってほしい。
と言うのを、同居の姉の夫の藤原為雅さまも聞いて歌を送ってくる。



花により すくてふことの ゆゆしきに よそながらにて 暮らしてしなり
桃の酒を飲む三日に来たのなら、軽薄な色好みのように思われても、
困るからと、昨日はわざとよそで泊ったのですと言う。

言い訳をしたあの人は例の町の小路の女に公然と通って行くようになった。



私は、あの人との事さえも、後悔したくなるような気持ちになってしまう。
どうしようもなく辛いと思うけれども、どうすることもできない。

藤原為雅さまが姉の所に出入りするところを私が見ているので、
今はもう気がねのいらない所に移ろうと言いながら姉を連れて行く。



これからは姉の姿もなかなか見られなく後に残るわたしはいっそう心細い。
などと思うと心から悲しくなって牛車を寄せる時に、ため息交じりに言う。

などかかる なげきはしげさ まさりつつ 人のみかるる 宿となるらむ
どうして嘆きばかりが多くなり、人がみな遠のいて行く家になるのでしょう。



返事は、あの人ではなく姉の藤原為雅さまから返って来た。

思ふてふ わがことのはを あだ人の しげきなげきに 添へて恨むな
あなたのことを忘れないというわたしの言葉を、あなたが嘆いている。
薄情な人のいい加減で当てにならない言葉と一緒にして恨まないで下さい。

などと言い残して、二人とも行ってしまった。


「物思いに沈んでいるうちに衰えてしまう」

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覚悟はしてたが思っていたとおり、一人ぼっちで暮らすことになった。
私たち夫婦は世間的には問題ないが、あの人の心を意のままにできない。

意のままにできないのは私だけではなく他の妻たちもも同じで、
長年通っていた所にもすっかり途絶えてしまったようだと聞いた。



手紙などもやり取りした事があり五月四日頃に、手紙で聞いてみた。

そこにさへ かるといふなる まこもぐさ いかなる沢に ねをとどむらむ
あなたの所まで訪れなくなったそうですが一体何処に居続けてるのでしょう。  

手紙を出した他の妻の時姫より返歌があった。



まこもぐさ かるとはよどの 沢なれや ねをとどむてふ 沢はそことか
あの人が寄りつかないのは私の所、居ついているのは貴女の所だと聞いてます。

世間は面白がって無責任に嫉妬心を掻き立てる噂話が独り歩きするようだ。
六月になり長雨がひどく降り続き、外を眺めながら、独り言を呟く。



わが宿の なげきの下葉 色ふかく うつろひにけり ながめふるまに

私の家の木の下葉は長雨で濃く色変わりしてしまったけれど、
わたしも物思いに沈んでいるうちにすっかり衰えてしまった。
などと言っているうちに、早いもので七月になった。


「益々よそよそしくなってしまう」

「Dog photography and Essay」では、
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仲が絶えたとわかったなら、たまに来るよりはましだろうに  
などと思い続けている時に、あの人が訪ねてきた。

わたしが何も言わないので、あの人は物足りなさそうだった。
前にいた侍女が先日の「下葉」の歌を言い出したので、こう言う。



をりならで 色づきにける 紅葉葉は 時にあひてぞ 色まさりける

その季節でもないのに色づいた紅葉は、秋になってますます美しくなり
あなたも美しい盛りになって益々魅力的になったと言うので筆を執った。



あきにあふ 色こそまして わびしけれ 下葉をだにも なげきしものを

秋になって美しくなるどころか貴方に飽きられていっそう侘びしいのです。
下葉が色褪せるように衰えていくのを嘆いていましたからと書いた。  



このようにほかの妻の所へ通いながらも、絶えることなくやって来るけれど、
心が打ち解けることもなく、益々よそよそしくなってしまう。

訪ねて来ても私の機嫌が悪いので、倒れても山は立山などと洒落を言って、
帰って行く時もあるが私たちの事情を知っている人は陰から見ているようだ。


「襲われないようにするまじない」

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早朝あの人が出て行くのを見て、近所の人はこのように言ってきた。
もしおやく けぶりの空に 立ちぬるは ふすべやしつる くゆる思ひに

塩を焼く煙が空に立ち昇るように、ご主人が帰って行かれたのは、
あなたの嫉妬の火がよほど煙たかったからでしょうねなどと。



隣からおせっかいされるまでお互いに、すねあっていたように思う。
あの人はこの頃はとりわけ長い間訪れがない。

普段はそうでもなかったのに、ぼおっと魂が抜けたようになって、
いつも置いてある物も、どんな物とも目に入らないようになってしまった。



このようにして二人の仲は終わってしまうだろうか。
これが形見と思い出す事のできる物さえないと思いながら過ごしていた。

十日ばかりして手紙が来たが寝所の柱に結んでおいた小弓の矢を取って、
と書いてあるので思い出といえばこれかと思って紐を解いて矢をはずした。



思ひ出づる ときもあらじと 思へども やといふにこそ 驚かれぬれ

あなたを思い出す時もないと思っていたけれど、矢を取ってという言葉に、
はっと気づかされましたという歌をつけて手紙を返した。
遊具の矢とは睡眠中に魔物(夫)に襲われないようにするまじない。


「人の心は移ろいやすいもの」

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あの人の訪れが途絶えたままだが私の家はあの人の通り道にある。
あの人が宮中に参内や退出するときの通り道にあたっている。

夜中や明け方に咳払いしながら通って行くが嫌でもつい耳に入ってくる。
安らかに眠る事もできず、正に夜長クシテ眠ルコト無ケレバ天モ明ケズだ。



あの人らしいと気配を察する気持ちは、何に例えることができるだろう。
今はなんとかしてあの人を見たり聞いたりしないでいたいと思っている。

以前は熱心に通っているお方も今はいらっしゃらなくなったとかなど。
あの人の事を聞こえよがしに話しているのを聞くと不愉快でならない。



日暮れになると辛い事ばかり考え、子どもが何人もいると聞いている所も、
訪れがすっかり途絶えてしまったと聞き、私以上に辛い思いをされている。

などと思いながら手紙を送ったのは九月のことであった。
道綱母が時姫に同情して、お気の毒になどとたくさん書いて送った。



吹く風に つけてもとはむ ささがにの 通ひし道は 空に絶ゆとも
吹く風にことづけて便りをさし上げましたが、その風で兼家の訪れが、
途絶えているとしても女同士辛い思いを慰めあってまいりましょうね。

時姫からの返事は、こまやかに書いてあった。

色変はる 心と見れば つけてとふ 風ゆゆしくも 思ほゆるかな
秋の風にことづけてお便りを下さるなんて、人の心は移ろいやすいもの、
秋(飽き)風に託しての好意だと思うと不吉な予感がしますと歌があった。


「浜千鳥が浦から離れないように」

「Dog photography and Essay」では、
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あの人はいつも私を無視するわけではなく時々訪ねて来て冬になった。
ふだんの生活ではただ幼い我が子の道綱を可愛がっているだけだ。

いかでなほ あじろのひお にこととはむ 何によりてか われをとはぬと
何とかして網代(あじろ)の氷魚(ひお)に聞きたい、どういうわけであの人は、
わたしを訪れてくれないのかと拾遺集雑秋の古歌が、思わず出てくる。



時が経つのは早いもので、また明けて春が巡って来た。
あの人は最近読もうと持ち歩いている書物をわたしの所に忘れていった。
やはり使いの者を取りに寄こしたので書物を包んだ紙に歌を書いた。



ふみおきし うらも心も あれたれば 跡をとどめぬ  千鳥なりけり

これまでは書物を置いていかれたのに、二人の心がお互いに、
冷めてしまったのか、浜千鳥が荒れた浦に足跡を残さないように、
あなたばかりか書物さえも私の家に残しておかれないのですね。



心あると ふみかへすとも 浜千鳥 うらにのみこそ 跡はとどめめ

私の心が冷たくなったと書物を返しても浜千鳥が浦から離れないように、
わたしは貴女の所に留まっているよ、ほかに行く所などないからさ。
わたしは、あの人へ恨みを表すような和歌を返した。


「男のお子さまと聞き胸がつまる」

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浜千鳥 跡のとまりを 尋ぬとて ゆくへも知らぬ うらみをやせむ

浜千鳥がどこへ行ったのかわからないように、あなたの行き先を探しても、
行き先が多くてどこかわからず、恨むことになるでしょう。

あの町の小路の女の所では出産する時は吉の方角の家を選んでいる。



あの人も一つの牛車に乗り込み、辺りに響くくらいの音を立てて通る。
聞くに耐えないほど騒ぎ立てて、わたしの家の前を通って行く。

わたしはただ茫然として、なにも言えないでいるしかなかった。
私の様子を見る人は胸が張り裂けるようななさりようですねと言う。



近所の人は、道はほかにいくらでもあるのになどと勝手に騒ぎ立てている。
そんな話を聞くと、いっそ死んでしまいたいくらいになる。

辛くてならないから、せめて今後は私の家の前を通らないでほしい。
などと思いながら暮らしていると、あの人から手紙が来た。



この頃、こちらで体調のすぐれない人がいて、伺えなかったけれど、昨日、
無事に出産されたようだ。穢れの身で伺っては迷惑と思ってと書いてある。

呆れるほど非常識な事、この上なく、只お手紙頂きましたとだけ送った。
使いの者に家の者が男か女か尋ねると男のお子さまと聞き胸がつまる。


「仕立てる事ができないのでしょう」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



蜻蛉日記は、藤原道綱母が19才で当時の貴族の中でもトップクラスの、
エリートだった兼家と結婚し21年間の結婚生活を書いた日記である。

当時の兼家は26才で時姫という妻があり、長男の道隆も生まれていた。
結局、藤原兼家は9人の妻を持つことになり嫉妬が渦巻く事になる。



三、四日ほどして、夫である当の本人がいとも平然とやって来た。
何の用で来たのかしらと思い相手にしなかったら帰る事が何度もあった。

七月にななり相撲の節会の頃に、古い仕立直しの衣と新しく仕立てる衣を、
私のところへ、一組ずつ包んできて、これを仕立てて下さいと寄こす。



町の小路の女は一体どういうつもりなのか、それを見ると怒りがこみ上げる。
昔気質の母は、お気の毒に仕立てる事ができないのでしょうと言う。

侍女たちは、あそこはいい加減な女が集まっていて、気にくわないようだ。
裁縫もできないくせに、このまま返すと、きっと悪口を言われるでしょう。



その悪口だけでも聞きましょうと話し合って、そのまま送り返した。
案の定、あちらこちらに頼んで別々に仕立てると聞くが、あの人も、
ずいぶん思いやりがないと思ったのか二十日以上便りも寄こさない。

二十日以上便りも寄こさず忘れかけた頃、やっとあの人から手紙が来た。


「冷たくされてばかりいるわたし」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



あの人は伺いたいけれど、なんとなく気が引けて足が遠のいていると。
貴女がはっきり来いと言ってくれたら、恐々でも行けるのだがとある。  

もう気が抜けて返事もしたくないと思うけれど、情が無いような気がした。
使いの者は返事を持って帰りたいようすなので急ぎ返事をしたためた。



穂に出でて いはじやさらに おほよその なびく尾花に まかせても見む

言葉に出して来て下さいとは言えなく、尾花(ススキ)が風になびくように、
いらっしゃるかどうかは、貴方のお気持ちにまかせて見ています。  

折り返し返事を使いの者が持ってきた。



穂に出でば まづなびきなむ 花薄 こちてふ風の 吹かむまにまに

東風(こち)が吹けば花薄〔尾花〕がなびくように、はっきりこちらへ来いと、
言われるなら、わたしはすぐにも伺いましょう。 

使いが待っているので急ぎ返事を書きしたためた。



あらしのみ 吹くめる宿に 花薄 穂に出でたりと かひやなからむ

嵐ばかりが吹く家に尾花が穂を出しても、吹き散らされるだけ、
あなたに冷たくされてばかりいるわたしが、来てくださいと、
言ってもなんにもならないでしょうなどと適当に書いたら、姿を見せた。


「月の影が水面に留まるように」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



庭に植えてある花が色とりどりに咲き乱れているのを見て、
横になり歌を交わしたがお互いに不満に思うことがあったのだろう。

ももくさに 乱れて見ゆる 花の色は ただ白露の おくにやあるらむ
いろいろと乱れて見えている花の色は、白露が落ち始めたせいだろうか。



あなたがいろいろと悩んでいるように見えるのは、あなたがわたしに、
打ち解けないからだろうと、ふとつぶやいたので歌を詠んだ。

みのあきを 思ひ乱るる 花のうへの 露の心は いへばさらなり
あなたに飽きられて思い乱れるわたしは花の上の露のように、
はかない心の中という事は言うまでもないでしょう。



などと言って例のごとく、またお互いによそよそしくなった。
十九日の寝待ち月が山の端(は)から出る頃に出て行くそぶりが見えた。

今夜くらい出て行かなくてもと思っている気持ちが顔色に出たのだろうか、
留まらなければならないことがあるならと言うのでよい気がしない。



いかがせむ 山の端にだに とどまらで 心も空に 出でむ月をば
どうしたらいいのでしょう 山の端(は)にさえ留まらないで、
空に出てゆく月のように、うわの空で出てゆくあなたを。

ひさかたの 空に心の 出づといへば 影はそこにも とまるべきかな
空に月が出れば、その月の影が水面に留まるように、
わたしもあなたの家に留まるしかないね。と言って留まった。


「どこにでも吹くいい加減な風」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



野分は台風の古称。二百十日の頃で野の草を吹き分ける強い風のこと。
あの人は野分のような強い風が吹いて、二日ばかりしてやって来た。

台風のような風が吹いた後なら普通はどうですかと聞くでしょうに。
などと言うと何を思ったのだろうか、何気ないふりをして歌を詠む。



ことのはは 散りもやすると とめ置きて 今日はみからも とふにやはあらぬ

風で木の葉が散るように、言葉も散るのではないかと黙っていたけれど、
今日はわたし自身でお見舞いに来たではないかと言う。ので、



散りきても とひぞしてまし ことのはを こちはさばかり 吹きしたよりに

もし手紙をくださったなら、風に吹き散らされても、わたしのところへ、
届いたでしょうに、東風(こち)があんなに吹いて葉を吹き届けたように。



こちといへば おほぞふなりし 風にいかが つけてはとはむ あたら名だてに

東風(こち)といえば、どこにでも吹くいい加減な風、そんな風に、
言葉なんか託せない、誰かに噂を立てられるだけだ。
わたしも負けたくないので、また歌を詠んだ。


「自分に惚れた男の滑稽さを静かに笑う」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



東風(こち)は、どこにでも吹くいい加減な風、そんな風に言葉なんか、
託せないし、誰かに見つかり噂を立てられるだけだとの歌に対して、

散らさじと 惜しみおきける ことのはを きながらだにぞ 今朝はとはまし

よそに散らさないと大切になさっている言葉なら今朝来たときすぐに、
手紙だと吹き飛ぶからと手渡して頂ければよかったのにと話した。



この歌には、あの人も、ごもっともと納得したようだ。
十月頃に、大切な用事があると言って出て行こうとした時に、土砂降りの雨。
あいにく酷く降ってきたのに出て行こうとするので呆れてこう口ずさんだ。



ことわりの をりとは見れど 小夜更けて かくや時雨の ふりは出づべき

当然の理由があるとはいえ、夜更けに、しかもこんな雨の中を、
わたしを振りきって出かけなくてもと言ったのに、
あの人は無理に出て行った。こんな人ってほかにいるだろうか。



藤原道綱母は文才と歌才に優れているだけでなく、才色兼備で、
男性からの人気も高く自分に惚れた男の滑稽さを静かに笑いながらも、
そのなかでもっとも熱心でスーパーエリートだった藤原兼家と結婚した。


「口真似をするようになった」

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藤原兼家はどうしようもない浮気者で家に帰らなくなった夫への嫉妬や、
他の妻に対する怒りや、それでも変わらぬ息子への愛などを募らせ、
夫婦の物語を和歌で綴り女流日記文学の最高峰の蜻蛉日記を書いた。



このように過ごしているうちに、あの人は、あの町の小路の女の所には、
子どもが生まれてからよく通っていた。意地悪くなっていた私は、
何も言わず行かしておいて、私が悩んだように逆に辛い思いをと、
思っていたところ、何とも思わぬ気の毒な事になってしまった。



挙句の果てには大騒ぎして産んだ子まで死んでしまったとは何とも。
あの女は天皇の孫にあたり、世をすねた皇子が身分の低い女に、
生ませた隠し子であり、言う価値もない、限りなく卑しい素性である。

最近はそんな事を知らない人たちがもてはやすのでいい気になっていた。
わたしが悩んでいる時より、もう少しよけいに嘆いているだろうと思う。



あの人は元どおりいつものお方の所へ、しきりに通っていると聞く。
わたしの所にはいつものように時々しか通ってこないので不満だが、
今はすっきりした気持ちであり我が子の道綱が片言などを言うように。

あの人が帰る時に必ず「すぐに来るよ」と言う言葉を覚え、
意味も分からず、口真似をするようになったのでおかしくもある。


「急に疎遠になり虚ろな気持ちで過ごす」

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すぐに来るよと言う言葉を信じて待っても中々来ないと嘆いていると、
貴女は純粋で世間知らずねと、おせっかいなことを言う人がいる。

わたしが世慣れていないように言う人もあるけれど、何とも悔しい。
あの人は平然として、わたしは悪くないと悪びれる様子も見せない。



いつも罪がないように振舞うので、どうすればいいのだろうと思い悩む。
なんとかして私の悩みを詳しく知らせることはできないかと思い乱れる。

気にくわないことに心が動揺して、いつも言葉にすることができない。
それでもわたしの気持ちを書き続けて見せようと思って文のやり取りをする。



昔も今も私の心は穏やかな時はなく、このまま終わってしまうのでしょうか。
あなたとはじめてお逢いした秋には、木の葉のように愛ある言葉をいただいた。

それも色褪せて、あなたに飽きられるのではないかと一人で嘆いたことです。
冬には遠く旅立つ父との別れを惜しんで、初時雨が降り続けるように、
涙がとめどもなく流れて、とても心細かったのです。



父の置手紙に、娘を見捨てないで下さいと書かれていたとか聞きました。
まさか忘れたりはなさらないだろう思っていましたが疎遠は父だけで沢山よ。

父だけでなく貴方まで急に疎遠になり虚ろな気持ちで過ごしています。
霞がたなびくように仲が隔たり、お便りも絶えてしまいました。


「ああ思いこう思い思い乱れている」

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あなたは遠くへ行ってしまわれたのだろうか、でも、雁が故郷へ帰るように、
あなたがもどってくださると思いながら、待ち続けていたのです。

私は蝉の抜け殻のように虚しく、その蝉の羽のようなあなたの薄情さは、
今に始まった事ではなく、貴方の冷たい心のせいで流れる涙は絶える事がない。



私は前世でどんな重い罪を犯したというのか、あなたから離れる事ができない。
このように辛い憂き世に漂い耐えがたく水の泡が消えるように死んでしまいたい。

ですが、悲しいことに、陸奥にいる父の帰京を待たないで死ぬことはできない。
一目父に会ってからと思い続けていると、歎く涙で袖が濡れるばかりです。



出家して嘆かないで暮らす事もできるのに、どうしてと思うのですが、
貴方を恋しく思う時に、出家すると貴方と逢う事ができなくなってしまう。

あなたがお越しになって、打ち解けて馴染んだ昔の心を思い出したりすると、
折角、俗世を捨てた甲斐もなく、思い出しては泣いて貴方を思い切れないかも。



ああ思いこう思い、思い乱れているうちに、山のように積もる枕の塵の数も、
独り寝の夜の数には及ばなく、貴方との仲は旅してるように隔たっています。

お越しくださる事もなくなったと思っていましたのに、あの野分の後の一日、
来て下さり、お帰りの時、気休めに、すぐに来るよとおっしゃいました。


「貴女に会わず家に帰るしかない」

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直ぐに帰って来るという言葉を本気にして信じて待っている子ども。
いつも口真似するのを聞くたびに、辛いと思う涙が海のように溢れます。

あなたに逢う機会もなく待っているのは甲斐がないとは知りながら、
命のある限り捨てたりせず私を頼りにさせたお言葉が嘘ではない事を祈ります。



直ぐに来て下さるのは、本当のお気持ちかどうかは、わかりません。
お立ち寄り下さった折に、尋ねたいと思っていますと書き二階棚の中に置いた。

久しく時を経て、あの人はやって来たけれど、わたしが出て行かないでいると、
居辛くなって、質問のこの手紙だけを持って帰っていったが私も素直でない。



そして、あの人からこのような返歌があった。
秋の紅葉が時とともに色褪せるように、飽きがくると愛情も冷めるのは、
世間では普通のことだろうが、わたしは違うと書きしたためてある。

嘆きに沈んでいるあなたを頼むと言い残して旅立たれた父上のお言葉で、
愛情も一層深まってきたと言え、貴女を思う気持ちは絶える事はないとある。



私が来るのを待つ幼い子を早く見たいと、田子の浦に打ち寄せる波のように、
何度も訪ねて行くけれど貴女は富士山の煙のように、嫉妬の炎を燃やしてる。

空にある雲のようによそよそしく、私は貴女を絶えるどころか、白糸を、
繰るようにあなたを絶えず思って訪ねるのに、あなたの侍女たちが、
愛情が足りないと言って恨むので、私はきまりが悪くいたたまれない。
かといって馴染みの家もほかにないから、貴女に会わず家に帰るしかない。


「父恋しさにどんなに泣かせる事だろう」

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侍女たちが愛情が足りないと言って恨むので、私はきまりが悪かった。
そういう間に、あなたを訪ねて行ったことがあったけれど、
あなたは独り寝の床に目覚めていたのに、いくら真木の戸を叩いても、
月の光が漏れてくるばかりで、あなたは姿を見せなかった。



あの時からあなたを嫌だと思い始めた。誰があんな浮気な女と夜を、
明かしたりするものか。あなたは前世でどんな重い罪を犯したせいかと、
嘆いているが、そういうことを言うのが罪なのだろう。今はもうわたしに、
逢うことはやめて、嘆きを与えない人の世話になったらいいのではないか。



わたしだって木や石ではないから、あなたを思う気持ちは抑えられないが、
浜辺の浜木綿が何枚も重なったように、隔たってしまった衣を、
悲しみの涙で濡らすことがあっても、あなたのことを思い出したら、
わたしの思いの火で、わたしの目の涙は乾くだろう。



今さら言っても甲斐のない事だが、甲斐国(かいのくに)の速見(へみ)の牧場の、
荒馬のように離れていくあなたを、どうして繋ぎとめることができるだろう。

などと思うものの、わたしを父親と思っているあの子を、片親育ちにして、
父恋しさにどんなに泣かせる事だろうと思うと、可哀そうでならないと言う。


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